秋吉久美子

秋吉 久美子(あきよし くみこ、1954年7月29日 - )は、日本の映画女優。本名、小野寺 久美子(おのでら くみこ)。 賞歴はアジア映画祭主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞他。
秋吉久美子

静岡県富士宮市出身。Beside所属。父親の業務上の理由で、徳島県日和佐町(現・美波町)、福島県いわき市で育ち、福島県立磐城女子高等学校(現・福島県立磐城桜が丘高等学校)を卒業。最終学歴は高校卒であったが、2007年9月より早稲田大学大学院公共経営研究科に入学。

1972年、松竹映画、『旅の重さ』の主役オーディションで、高橋洋子についで2位となり、端役として出演する。この演技が認められ、1973年、松本俊夫監督の『十六歳の戦争』に主演するが、難解だという理由で1976年まで公開されなかった。1974年、日活の藤田敏八監督の青春映画『赤ちょうちん』、『妹』、『バージンブルース』に立て続けに出演し、愛くるしい表情、70年代を表現する繊細な存在感、今までの日本の青春映画を脱却した大胆な脱ぎっぷりで一躍フォークソングとベトナム反戦の時代の寵児となる。

1979年、元青い三角定規のメンバーで作曲家の岩久茂と結婚(1989年に離婚)。 その後の代表的な作品には、『さらば愛しき大地』(1982年)、『夜汽車』(1987年、東映)、『異人たちとの夏』(1988年、松竹)、『誘惑者』(1989年)、『レッスン』(1994年、ポニーキャニオン)、『深い河』(1995年、東宝)などがある。円熟した女性を演じて定評がある。2004年、『透光の樹』)では、他の同年輩の女優の追随を許さない深遠な性愛シーンを披露した。

高校時代は文学部の部長をしていた。あちこちの雑誌やテレビなどでもらした言葉を集めた「つかのまの久美子」(1977年 青春出版社)ではユニークで鋭い感性が光っており、五木寛之氏も「静かな平凡を夢見る卓抜な個性」と帯に感想を書いている。

作詞家としても活躍しており、DOGGY BAG、松尾光次にも楽曲を提供している。

またシラケが流行した1970年代の時代性を象徴し、そのユニークな言動が話題を呼んだ。このため「シラケ女優」、「なまいき」、「宇宙人」、「新人類」、「プッツン」などと時代時代の異邦人的な扱いを受けてきた。 有名なものに、芸能界にデビューしたての若い少女にありがちな発言を求めた記者に対抗して「面白くもないのにカメラの前で笑ったり、俳優ってバカみたい」や、当時の芸能界にあるまじき、出来ちゃった婚の際の記者会見の「おなかが大きくなるのはイヤ、卵で産みたい」。この発言に関しては、その後繰り返されるインタビューや著書などから、ジェンダー的な暗喩が感じられる。 「妹」の公開前、宣伝のために出演した番組にて共演者が礼儀正しくインタビューに答えていたのに対して、頬杖をつきあさっての方を見ていた。なお、当時の様々なラディカルな言動については後に「不器用だったのかな」と振り返った発言もある。

近年はバラエティにもゲスト出演している。TBS系人気番組「クイズダービー」にもゲスト解答者としても数多く出演。しかも1988年10月の特番で、当時産休中だった竹下景子に代わり、4枠に座っていた。ちなみに成績は12勝20敗、3割7分5厘と好成績を修めていた。

2004年12月に26歳年下の日系アメリカ人と結婚したが、翌年夏に離婚。しかし、その後、同じ男性と2006年2月に再び入籍した。

2006年8月12日、第38回NHK『思い出のメロディー』で司会に初挑戦。会見で「あのころは"痛がる時代"だったと思う」と独自の理論を披露した。

2007年1月からTBSでアナウンサーの中井美穂と共に一視聴者と同じ視点に立った素直な切り口で「世界陸上大阪大会 秋吉&中井 We Love アスリート」の司会を務めた。なお番組内で出演した各アスリートの写真を撮影コーナーがあった。この写真が好評で世界陸上の会場にポスターの展示場が開設された。

秋吉 久美子



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